無量寺について

 

無量寺について

武相不動尊霊場 第16番

 

高野山真言宗 無量寺

当寺は承元三年貞暁上人の創建によるもので霊像不動明王が祀られている。貞暁は源頼朝の子として鎌倉に生まれたが、故あって幼少より仏門に入り、紀伊の国高野山で修行に専念した。
頼朝の死後、幕府は政権の安定を欠いたが、幕府創業の功臣執権北条時政は貞暁を将軍職として鎌倉に招聘した。貞暁は途上蒔田の宿場に着いたがその夜持仏である不動明王が夢枕に立ち、『汝、鎌倉に入るとも世はすでに北条の天下である。旬日のうちに運命の厄に遇わん、宜しくこの難を避け菩提の道を得られよ』とのお告げを受けた。貞暁は深く時局を洞察して入府を断念し 時政に告げた。時政は上人の清い信心を讃え鎌倉法印の称号と禄を以て遇した。この奇縁によって、蒔田の山麗に御堂を建て不動明王を本尊として安置し、南龍山不動院無量寺と号し、貞暁は当山の開祖となった。以来鎌倉鎮護寺として発展したが、寛永十一年の火災で什宝を焼失し、近くは大正十二年の関東大震災で堂宇を鳥有に帰するなどした。昭和八年十方檀縁の協力を得て桃山式堂宇の造営を見るに至った。前大戦中の昭和二十年五月の横浜大空?で炎滅するところ近隣者の救援によって焼失を免がれた。本尊不動明王は平安末期の代表的仏像で『鉄縛り不動』として親しまれている。

高野山真言宗 無量寺

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